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感想文

あけましておめでとうございます。

さて、年末年始の帰省で、夜が暇なので書籍を一冊購入!

『永遠の森(管浩江)』
永遠の森_表紙



SF+女性著者+タイトルの3本で手にしてみた。
SFものは、どことなく知的で登場人物が多いので、じっくり読むことができるし、
男性著者はスカッとロマン道を突っ走ったり、話の幕閉じが白黒はっきりしているが
女性著者は、どろどろとした感情の個々のそれぞれの話の幕とじをするような気がする。
それにタイトルの永遠の森というのは、永久に揺ぎ無い感情を表現しているようで、
普段自分が読まないジャンルだったので新年気分一転できると思い購入に踏み切った。

そこで1章と2章(全100ぺージ)と読んだので、どうしても少し幼稚になってしまう感想文を残したい。
あ、この本は短編集で、キノの旅のような作品。そしてネタバレを含むよ。
--- 感想 ---
1章では、芸術の捉え方を題材にしている。そもそも芸術というのはどういったものだろうか。万人の心の鐘を鳴らすのが芸術なのか。それとも作者の意図を汲み取り、作者にそうさせた作者の生い立ちや風景を掘り起こすのが芸術なのか、はたまた、何かのテーマにそって斬新な発想で、斬新な表現をするのが芸術なのか。数多く存在する芸術という哲学は、私のようなガチガチの堅い頭には理解に苦しむテーマとなってしまっている。

しかし、この本の物語は芸術という捉え方を、びっくりするようなひとつの角度から、結論付けており、やはり芸術というのは、そう捉えざるを得ないと深く思い至った。

芸術の判断組織の権力者である人物がいた。その人は、脳に障害を負ってしまい、芸術の判断に支障をきたした結果、理論武装せざるを得ないというものになり、芸術を生きがいとする者にとって、地獄を歩む結果となってしまった。しかし、脳の障害が不幸にも幸いし、画から音色を奏でる現象と出くわすという結末になった。しかしながら、私が同じ立場になってしまったら・・・と思うと生きていられない衝動に陥ると感じるだろう思う。芸術の判断組織の権力者になるためには涙ぐましい努力と根回しがあったはずで、拓けた明るい未来が突如暗闇に閉ざされてしまった光景は、それはまさに生き地獄という言葉に他ならない。ごく一般的の人生ならば、苦ならば楽あり、山あれば谷ありといった人生なのだけれども、残されたのは絶望といった状況のなかで一寸の光が見えたというならば、それは至高の幸せで、まさに地獄からの天国への回帰だと思う。ただ、この光景に直面した主人公の態度は、一つの二つのよしあしのセリフを残すだろうと思いきや、非常にあっさりとして、落ち着いていた。これは、著者である浩江さんが見て感じた人生の有り方の一つで、人生一つ一つがそれぞれの人の芸術美なんだろう捉えたからだろう。なので、他人の人生に賛否する意義もないし、権利もない。できるのは、一つの人生の有り方なんだと捉え、自分自身の芸術美をいかに咲かせるかという思いを巡らせるのみなんだと思う。

と考えてみたわけだけど、私自身の芸術の行方はどうしたらよいものか。芸術の権力者のように才能もなければ、育ちもよくはない(悪くもない)。ただ今思うことは意味が分からないけれども、高望みはするけれども高望みしないで、歩み続けたいと思う。人生山あれば谷あり、疲れたと感じたならば休めばいい。十分に休めたらまた歩けばいいし、風が吹けばゆっくり歩いたり駆け足するのもいい。

ただし、母親が体調を崩し、祖父母も体調を崩したのにもかかわらず、学校を優先し、育ての親との約束を軽視した私は悔い改めたいと思う。金銭的な問題も不自由はないし、未知の未来の可能性を残し、育ててくれた親には感謝したい。

前向きに2013年はいきまっしょい。

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回路好きのへっぽこ大学生。

最近はFPGAを主にいじっています。
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